
創造性、自由な規制、経済力が融合した都市、東京。それゆえに、建築の実験的試みが盛んに行われているのにも頷ける。一般的に、創造性は新しい解釈を意図的に探求するデザイナーによってもたらされると考えられている。現代ではその通りかもしれないが、急成長を遂げていた1960年代の東京では規制もほとんどなく、都市は住民の手によって構築されていた。ひときわ試験的で極めて適応力の高い住居は、純粋に日常生活を反映したものであった。例えば駐車場の上に建設された集合住宅、母家の下に設けられた1人用の賃し部屋、そして1階が店舗のため歩道から直接外階段を上って入る住居など、その種類は多岐にわたる。きめ細かな解釈をすることなく、バルコニーを付け足したり増築を重ねたりすることによって、居住空間はそのコアな部分から拡張されていった。原始的でありながら独創的な家々は、そうやって都市と直接つながっていたのである。 東京が豊かになるにつれて、そんな過去の奔放さが失われてしまったのは何とも皮肉なことだ。今では標準的なカタログから部品を選んで作られた、表面的に優れた住宅ばかりが目に付く。現代の日常生活は、日本の成功の象徴とも言える既成住宅の中で繰り広げられている。しかしそれは実際のニーズを反映したものではない。しかもこの数十年間で規制がさらに緩和され、より自由な家づくりが可能になったというのに、それが十分に活かされていない。建てられたものと建築可能なものの間には大きな隔たりがあり、そこにはまだ誰も足を踏み入れていない。そのため、このプロジェクトでは少し過去の事例を振り返ることで、新たな案を展開する出発点とした。 1階はダンススタジオ、2階と3階は居住空間、そして屋上はヨガスペースとして機能する住宅。デザインは至ってシンプルで、ある意味マンガの原稿を彷彿とさせるかもしれない。世界中のファンから人気を集める、ミステリアスで独特な表情の人形をデザインして販売する施主にとっては、この上なくぴったりなアイデアだった。そして都の法律や規制を駆使することにより、都心部ならではの限られた敷地内で空間とボリュームを最大限に引き出し、3つの空間が重なり合うシンプルなデザインが完成した。 1階の道路に面した部分はアルミの反射壁で区切られているが、それ以外は窓やミラーが連なった屋外へと開かれた設計となっている。この階は部分的に傾斜した土地に組み込まれているため、都市から孤立することなく、外構とのつながりを感じることができる。居住空間にはスチール製の外階段からアクセスでき、2階の大きな踊り場はポーチの役目を果たす。窓はまばらに配置され、小さく見える空間に奥行きと明かりを取り入れている。都市の景観は常に変化するため、窓から景色を取り入れることは考慮していない。庭とデッキは室内から屋外へとシームレスに広がり、一体感のある感覚を味わうことができる。 東京のような都市では、造形的な試みは混沌とした街並みの中に紛れてしまうことがほとんどである。新たな変化の時代に突入している東京。今こそ、都市とよりダイレクトにつながる時がきたのではないだろうか。