田舎という概念は、都市という概念ができてはじめて対比的に登場した。その境界は明確ではないが、田舎とは都市の外の広がり(・・・)、と考えることができる。都市における敷地は制度や産業の原理によって構造化が試みられているが、田舎においてはそれらから外れた漠然とした場所が多くみられる。型式適合認定の住宅や建物の標準仕様といった考え方は、都市環境における構造化の一端といえると思う。田舎では都市の持つ強い構造性とはまったく別の、むしろ個別具体的な建築のあり方を模索することが自然に感じられる。 この住宅の計画地は市街化調整区域で、遠くには鈴鹿山脈を望み、周辺には田畑が広がるのどかな場所である。前面道路は緩やかな坂道で、敷地内には鬱蒼としたエノキの群生の森がある。建主は、北隣に建つ母屋の1階にある歯科医院を経営しており、住宅を含めた敷地一帯の計画を望まれた。 建物は、変形した敷地境界をほぼそのままのかたちで立ち上げた。塀や垣根は設けていない。計画地に1m以上の高低差があるが、造成せずそのまま室内にスロープとして取り込んだ。敷地境界に沿ってできた平面、高低差が現れた室内床、地面と平行に下る屋根。特徴的な環境を建築の個性として置き換えていく。 平面はコートハウスの形式をとり、さまざまな向きに部屋を配置した。直行グリッドによる計画では、室内面積が確保しづらく、また基礎の掘削量が増え、変形敷地と勾配にうまく対応できない。そこで、グリッドではなく等高線を補助線とし、建築を折り曲げながら敷地に沿わせた。室内に現れる梁は、4つの中庭をそれぞれ中心として放射状にレイアウトし、それらを蛇行した道状のワンルームに沿って連続させた。 建主の所有地であるが、市街化調整区域であるため建築することのできない西側の敷地には、遊歩道を計画した。⾧い間放置されていたこの敷地は、建主家族や母屋に住む親世帯の広大な裏庭としてだけでなく、歯科医院に訪れる患者さんの庭園としても利用できるようになった。 都市への過剰な密集を避け、住宅が郊外へ向かって分散していくであろう現在の状況において、田舎における建築創作の可能性を改めて認識している。それは、ウイルスに対して安全であるとか、テクノロジーによって働き方が変化している、といった話だけではない。都市の外にどこまでもある広がり(・・・)の中にそれぞれの特別性を見出すことが、多様性を求める現代的な価値観の現われのように感じられるからである。