
敷地はかつての天井川の川底であった。 天井川は国道やJR東海道線も横断し宙を走る川です。 大雨による堆積を繰り返し、 それに伴う堤防帯の上昇により、 川は周辺の建物より高く成長し、 やがて新しく整備せれた河川に付け替えられました。 草津川跡地公園内に3棟の商業建築を設計した。琵琶湖のほとりに伝わる葦葺屋根の素形が現代によみがえり、大小3棟により集落のような場が創られた。何か懐かしく親しみを感じるのは私たちが見たことがある風景がそこにあるからだ。茅(カヤ)葺ではなく琵琶湖周辺は葦(アシ)葺だったが、これらの葺き屋根の素形が発展したのは、そこにある材料を安定した方法で採取し積み重ね、屋根を作ったからだ。決して屋根という形を作ることを目的としたのではなく、その時代、その土地で建築を作る方法を考え、今入手できる材料・工法を積み重ねる。材料や技術は違っても合理的に空間がその場所に立ち上がってくる。それは人の営みに寄り添ったものであるからたとえ時代が変わっても人々にうったえかける素形を作り出す。 屋根の下ではそれぞれのテナントにより多様な機能と空間が展開する。商業施設独特の物事の散在がそこにはあるが、それもまた多様性であり、雲のようなトラスによる構造体の中に全てが融けこむ。人々はこの地に引き寄せられ、かつて天井川により分断されていた町の結節点として場は機能する。