
PROJECT MEMBER
“7つの巣穴を内包した4本の塔が 程よいブラインド効果で駅前の喧騒からプライバシーを守る” 最寄駅より徒歩1分の敷地に建つ、美容室を併設した住宅である。 敷地を含む駅前全域が土地区画整理事業の施工中につき、スクラップ&ビルドにより周囲の風景が日々変わりゆき、周辺環境の予測が非常に困難ななかでの計画であった。 特に、メインファサードとなる南西側前面道路向かいには、地元企業の新社屋や社員送迎用のバス乗場の建設予定があり、不特定多数の視線や騒音が予想されたが、設計時点では、それらの規模や配置計画などの詳細は一切不明というなかでの難しい設計であった。 また、クライアントの要望は、以下のようなものであった。 ●店舗部分 ・ファッション性が前面に出る派手な美容室ではなく、毛髪の健康に拘った髪の病院のような場にしたい。 ・完全予約制としたいので、気軽に入り易い店舗というよりは、一見では美容室だと分からない、顧客のみぞ知る、隠れ家のような場にしたい。 ●住居部分 ・駅近で人通りも多い為、プライバシーを確保してほしい。 ・家族が集う共有スペースとともに、各人が籠れる個のスペースも大切にしたい。 これらを踏まえ、美容室部分の施術室(完全個室型のカット&シャンプースペース)および住居部分の各個室など、7つの「個の空間」を内包する4本の塔を、敢えて将来の予想が難しい南西側道路沿いに並べ、その他の「共有空間」をその背後に配置することにした。 4本の塔は、その重厚な外皮により内部の「個の空間」に対しては静をもたらし、自身が砦となることで背後に拡がる「共有空間」に対しては適度なブラインド効果をもたらす。 視線の多い南西面には極力窓を設けず、その分、直接目に触れにくい塔の側面や塔間のスリット部分に窓を設け、併せて塔の一部をバルコニーとしてくり抜くことで積極的に採光と通風を促し、外観とは対照的に程よく明るい空間を実現している。 前面道路沿いに建ち並ぶ列塔のファサードは、外界から向けられる容赦ない視線や騒音を遮りつつも、塔間に設けた‘スキマ’により光や風や景色を適度にフィルタリングする、いわばバッファーのような存在である。 “左官壁が醸す遺跡のような年齢不詳の建築” 土地区画整理により界隈の既存建物は順次解体され、新たな区画が造成されては続々と新たな建築物が建設されている。数年後には、辺り一帯が新築の建築物で埋め尽くされるだろう。 こうしてスクラップ&ビルドすることで生まれる都市の光景とはどのようなものだろうか? 同時期に新築の建物ばかりが建ち並び、それらがみな同じスピードで歳をとっていく街の時間軸に、違和感をおぼえる日がいずれやってくるのではないだろうか? このような「新築の建築物ばかりが同時期に建ち並ぶ」というある種異様な光景に対し、私たちは、周囲とは異なる時間軸をもった建物を敢えて挿入することで、都市の時間的バランスを保つことにした。 目指したかったのは、昔からずっとそこに在り、今後もそこに在り続けるであろう遺跡のような普遍的な建築物。年齢不詳の建築。 そこで、この建物の顔となる4本の塔を、新築らしからぬ特異なテクスチャーに仕上げることにした。 建設後も地域の原風景を想いおこせるよう、洗出しの土間などで以前からこの界隈で多用されてきた地産の瀬戸砂利を大量に混入し、オリジナル調合したモルタルをコテ仕上げ後、金束子で敢えて大胆に掻き落とした壁は、荒々しくも素朴な表情をもち、光のあたり方で目まぐるしく色味が変貌する。 熟練左官職人の手仕事の跡を敢えて残した‘年齢不詳の壁’は、新築の建物ばかりで構成された無機質な街並みの中で、独特の風合いと温もりを醸し出している。