PROJECT MEMBER
1:背景 このプロジェクトは、北京旧市街地の隆福寺地区銭糧胡同に位置し、景山公園、北海、中国美術館、王府井といった、北京中心部の主要なランドマークに隣接している。 1993年に大規模な火災が起こるまで、隆福寺地区は、明の時代から商業と芸術・文化が一体となった賑やかな地区として知られていた。その後、三里屯や798芸術区など、新市街地における新たな商業・文化開発が進むにつれて、隆福寺地区は次第にかつての繁栄を失い、人々の記憶から消えていった。 M WOODS芸術社区改造プロジェクトは、隆福寺地区復興計画の主要な構成要素の一つであり、新しい時代の文化芸術の核となることが求められた。 M WOODS芸術社区の建物は、かつて職員食堂として使われており、明快な構造形式と大きな吹き抜け空間によって、現代アートの展示空間としてリノベーションするのに適した建物だった。周囲に昔ながらの胡同とその生活様式が色濃く残るこの場所で、現代的な要素をいかに融合させるか、そして、この建物の個性を解釈し、いかに現代アートを体験する空間として再生させるかがデザインの出発点となった。 2:空間構成 全体は、展示空間、休憩やイベントスペースとして使われる屋上テラス、ショップ・カフェ、地下のライブハウスという4つの主要な部分によって構成されている。展示空間は、地下一階から三階にまたがって配置され、既存建物の状態を基本としながら、面積、天井高(2.2m〜7m)、床仕上げのそれぞれ異なる展示室としている。このことで、将来的に多様な展示計画に対応できると同時に、変化に富んだ観覧動線となった。 3:動線 仕事や生活に追われ、電話、メッセージ送受信、SNS更新を日々絶え間なく続ける現代の都市生活において、静かに、心を落ち着かせた純粋な状態でアート作品を体験することは、ますます困難になっている。 M WOODS芸術社区は、まさに北京の中心部に位置することから、動線空間を操作することによって来場者の心理状態を切り替え、より純粋で特徴的なアート体験をつくりだすことを考えた。 来場者は、受付でチケットを購入した後、廊下を抜けて階段を降り、地下一階にたどり着く。地下一階は、もともと戦争時の避難場所として計画されていた空間で、幅の狭い廊下が細かく入り組み、天井高は極端に低く、自然光は全く入ってこない、また、地上と比べて室温が変化するのをはっきりと肌に感じる。 もともとの荒々しいコンクリート壁の質感をそのまま残し、7つの小さな部屋を連結することによって、複雑な動線となっており、また、核シェルター機能をもつ極端に厚いコンクリートに囲まれているため、携帯の信号も入ってこない。そのような空間をさらに前方に進んでいくと、そのうち突然一階の展示室へと登る階段が現れる。 迷路の中を歩くような空間体験を通して、自分の位置感覚が次第に薄れ、今どこにいるのか曖昧になる。そのことによって、日常生活の慌ただしさからいったん切り離された、静かで純粋な心理状態で展示室に入っていくことができる。 一階から始まり、二階三階へと続く展示空間は、天井の高さや部屋の大きさが異なり、変化に富んだ動線となっている。 また、建物の西側には、小さな開口部や、外壁から飛び出したテラスを設けることで、 隣接した胡同がすぐ近くに見え、現代アート作品を鑑賞する体験と合わさって、この場所でしかない空間体験をつくりだしている。 4:立面材料 M WOODSは、公益的な性格を持った組織であるため、本プロジェクトにおいても厳格なコストコントロールが求められた。外壁材料として様々な材料を検討した結果、亜鉛メッキ鋼板を使用することとした。亜鉛メッキ鋼板は、通常工事現場の仮囲いや、街路広告の下地板、また空調ダクト材として使用される工業材料で、そのためコストも安いが、耐食性に優れ、表面に独特の表情を持つ。 一枚の紙を手でギュッと握りつぶし、再度開いたときに現れる不規則な凹凸パターンを亜鉛メッキ鋼板で再現するために、まずは、機械によるプレス加工を検討したが、得られる凹凸パターンとコストの問題があり、最終的には人の手を使って一枚一枚加工することとなった。実物大のモックアップを作成し、凹凸パターンや固定方法を検討する過程で、使用する亜鉛メッキ鋼板は、厚すぎると手で加工するのが困難になり、逆に薄すぎると折り曲げた際に折り目が裂けてしまうということが分かり、結果として0.3ミリ厚の亜鉛メッキ鋼板を使用した。全体の立面を単一な凹凸パターンで覆うのではなく、密で細かな凹凸から粗で大きな凹凸に次第に変化するように考え、5種類の異なる凹凸具合のサンプル板を現場に作成し、それに合わせるように一枚一枚手作業で加工した。また、施工会社の作業員に加工作業を任せると、どうしても理想的な凹凸のパターンができず、最終的には設計事務所のスタッフ・インターンが現場で加工することとなった。このような、設計士自らの手作業による実験と、現場での加工によって、亜鉛メッキ鋼板による外壁立面は、機械では実現できない、また二度と別な場所で再現できない、特徴的な表情となり、M WOODS芸術社区の強烈なアイコンとなっている。 5:都市再生の起点として M WOODS芸術社区のオープン以降、周囲には、それに続くように人気のレストラン、バー、カフェ、シェアオフィス、ショップなど、これまで隆福寺地区にはなかった様々な施設が相次いでオープンし、北京だけでなく全国から多くの人が訪れるようになった。また、この地区で仕事するために引っ越してくる人も増え、都市の人の流れが変わりつつある。 隆福寺地区復興計画は、現在全体計画の一部が完成したのみで、今後も長いスパンで大小様々な都市再生プロジェクトが続いていく、M WOODS芸術社区のリノベーションが、隆福寺地区全体を再生し、活性化する起点となることを願っている。