宇多津クリニック

デコレイティッド・ロードサイドへの家型 香川県宇多津町に建つ歯科クリニックを設計した。県内の海沿いを東西に繋ぐ産業道路「さぬき浜海道」を背骨にもち、塩田を埋め立てて開発されたこの町には、幹線道路沿いにイオンを筆頭としてスシロー、マクドナルド、ユニクロといった見慣れたナショナルチェーン店が並んでいる。そんな典型的ロードサイドに、白い家型のボリュームを配置した。 敷地の両隣は弁当店と地方銀行ATMに挟まれており、それぞれ機能を満たす最低限の小屋と、壁面を覆うように付けられた大きな看板、道路沿いに高く掲げられた塔状の広告で構成されている。このような広告的・非空間的な商業建築は、美しい街並みを形成しているとは言えないものの、とりわけ歴史に乏しい地方都市や郊外のロードサイドにおいて、なるほど捨てがたい経済効果と街の賑わいをもたらしている。そこで、商業的広告性の安易な排除でもなく、とはいえ景観への配慮を放棄したデコレイティッド・シェッドでもない、このロードサイドに在り得る建築を計画したいと考えた。 この白く幾何学的で記号的な家型は、讃岐平野特有のおむすび型の青ノ山や、近隣に広がる住宅地との調和をはかりながらも、ロードサイドにおける看板に頼らないプレゼンスを獲得している。教科書でもあるかのように建ち並ぶ周辺のデコレイティブな商業施設の中、過剰に「イエ」であるその白い記号は、ロードサイドにおいて異質であり、過剰な看板を持たずとも転じて商業的である。実際この形態は歯科クリニックの名刺やウェブサイトにもサインとして使用されており、アイコンとしての存在意義を見出している。駅前の商店街が淘汰され、住居と商業といった用途が切り離された結果、商業地域に建つ「イエ」が異質であることは、このロードサイドの風景がいかに広告で埋められているかを示している。歯科医院として地域に馴染みつつも、存在感を示すことができたように思う。 商業性によるノイズが居場所をつくる その家型を設計するプロセスにおいて、住宅スケールであることの木造による経済合理性よりも、アイコンであること(広告性)やクリニックとしての機能性(商業性)を優先する思考を試みた。できるだけ幾何学的構成を守るために屋根を45°に保ったところ、屋根頂部までの柱の高さが長くなりすぎたので、2本の鉄骨柱と1本の鉄骨梁を入れて、座屈を止めた。また屋根を支える大梁はH300の集成材を使用している。またその大梁を支え、トンネル状になる切妻の短辺方向の耐力を取るために120角の木の斜材(ブレース)を45°に入れた。耐力的には120角必要なかったのが、柱が120角だったこともあり、ブレースとしての構造的意味を消すために120角に揃えることにした。そのため、クリニックには高い天井の開放的な空間を提供できている一方、2階の住宅部分には、一見邪魔に思えるブレースが横断することになった。広告的・商業的思考を優先させたがゆえのノイズのようなブレースだったが、そのノイズが転じて住宅部分に豊かさを生みだすことになる。単純に機能としてテーブルの脚にもなっているが、柱以上壁未満というような緩やかなパーティションとして住まいに落ち着きのある居場所をつくっている。 地方では近代以前から当たり前に存在した商業と住居の混ざり合いだが、白川郷の合掌造りのように、蚕の飼育という商業性こそが地域の個性を生み出した事例は少なくない。住宅的な非住宅建築をつくることで、住宅にはなかったかたちの合理性が優先され、地域や住まい方に個性を生み出す可能性が残されているように感じている。 結果として生まれた斜材の連なりが診察室に住宅のような落ち着きのある居場所を与え、患者さんが快適でリラックスした治療を受けることができる。近年歯科医の役割として、治療のみならず予防や美容といった生活の快適性向上の目的が大きくなっている。治療中に見上げる天井の木質化によって心身への負担を軽減し、特に治療を嫌がる子供とのコミュニケーションを促す効果が期待できる。地域に根差した歯科クリニックとして、木の温かみによって治療のハードルを低減し、虫歯の予防や歯の矯正など、子供が日常的に通える環境を生み出し、豊かな創造性を育む場所になることを目指している。

クレジット

  • 設計
    株式会社山路哲生建築設計事務所
  • 担当者
    山路哲生 石森大道
  • 施工
    株式会社井坂工務店
  • 構造設計
    yAt構造設計事務所
  • 撮影
    長谷川健太

データ