
DATA
- ビルディングタイプ
- 墓地・霊園・斎場・火葬場
- 構造
- 混構造
- 工事種別
- 新築
- 延べ床面積
- 72.6㎡
- 竣工
- 2019-07
CREDIT
- 設計
- LOVE ARCHITECTURE
- 担当者
- 浅利幸男、松崎岳
- 施工
- 要建装
- 構造設計
- 博工房
- 撮影
- 齋藤さだむ
京都や奈良にある観光寺とは異なり、日本の多くの寺院は檀家制度を財政基盤にしていて、境内の多くを占める墓地が、寺院の佇まいに少なからず影響を与えている。南北に細長い普門寺の敷地は、南側半分の本堂など諸堂と参道、北側半分の墓域で完全に二分されていて、それぞれ僅かな空き地が残っているだけであった。市の条例によって納骨堂の建設は難しいが、これ以上の檀家の増加が望めない中、南側端の観音堂の隣に僅かに残る空き地に遺骨を一時的に預かる預骨施設を、北側端の墓地の外れに僅かに残る三角形の敷地に預かった遺骨を最終的に埋葬するための合祀墓を建設して、両者を連携させることにした。 1807年に禅宗様と呼ばれる伝統構法で建立された観音堂に近接させて、現在の工法で預骨施設を建設することは避けたかったので、計画当初は建物のボリュームの殆どを地下に埋めて、地上を石庭にすることも考えたが、硬すぎる地盤がゆえ掘削することが難しく、地下化は断念することにした。 結果的に、伝統構法による観音堂の隣に近接させて、現在の工法で預骨施設を建てることになったが、古建築の様式や構法と属性を揃えることは難しいので、その違いを背景化し得るその他属性への強力な近似を試みることにした。実体としては、観音堂と同じように、素材は古瓦と漆喰掻き落とし等経年変化する自然素材で、形はほぼ正方形平面の全方位ファサードにした。さらに裳階をつけることで3層の建物を五重塔に見せている。概念としては、双堂と呼ばれる仏堂形式に擬え、かつて本堂として利用されていた観音堂に対して、預骨施設を礼堂として並べることにした。 礼拝室はその中心に御神木として檜の丸太を据え、その直上で梁を交差させることで求心性のある空間になっている。床は85cm程度埋まっているので、カウンター上にぐるりと障子の地窓を巡らし、室内は柔らかな自然光で満たされている。四辺の地窓を挟んだ上方は栗材による骨壺棚になっていて、いずれ表面のお札には2000を超える戒名が彫られることになる。地窓を挟んだ下方はカウンター、壁面、床と連続するように瓦タイルが貼られ、御神木を中心に参拝者を包み込むような空間になっている。 預骨施設とは対照的に墓苑の北端にポツンと建つことになる合祀墓は、南端の預骨施設と関係しているがゆえ、アプローチとセットでその視覚的効果をデザインする必要があると考えた。 そこで、無秩序なデザインの墓群に対して、極めて秩序のある幾何学を挿入することにした。 墓には、預骨施設側、裏口側、礼拝方向側の3つの開口が必要で、それぞれ三角形の敷地の各頂点に向かって開くようにすると同時に、天井の一点で閉じるような造形にした。外部ではストライプ模様を施した3枚のコンクリート折板が頂部で合わさり、内部では放射状に伸びる木格子が天井で焦点を結ぶ。素材のコントラストと単純な幾何学造形は、蛇行するアプローチを進み合祀墓に近づく時に様々な表情を見せてくれる。 納骨堂も墓も遺骨の倉庫以上の機能を持たない。参拝者がそれ以上を感じるのは、祖先崇拝をはじめとする宗教の力によるものであり、私がしたことは素材や幾何学、光を駆使して参拝者の感覚器官に訴え、俗域とは分節された聖域を立ち上げることである。同時に、かねてから、檀家制度によって墓地と伽藍に二分されている寺院のランドスケープを連続させたいと考えていた。普門寺みちの墓苑はその試みの一つである。