PROJECT MEMBER
− 物言わぬ施主から家のあり方を学ぶ 東京都心から約1時間。歴史が深く緑豊かな鎌倉の敷地に立つ設計者の自邸兼アトリエの計画。暮らすのは30代の夫婦と2匹の猫である。猫にとって、家は世界だと思う。愛猫から家のあり方を学びたいと考え、“2匹の愛猫”を“2人の施主”に見立てた。猫たちからの要望の1つ目はその日その時間で“好みの温度の層”を選べること。2つ目は“付かず離れずの距離感”で家族と同じ空間に居られること。3つ目は“安全な居場所”を複数持ち四季に合わせて移動することだった。私たちはまず家全体を1つの大きなキャットツリーとして設計する方針を定めた。天窓のある吹抜空間を中心に螺旋状に階段が取り囲む計画とし、階段の踏面・蹴上寸法を猫の身体寸法に合わせて設計した。家全体が細かな(23のレベルの)“温度の層”のストライプに分けられ、どこに居ても違和感なく視線が通るよう工夫した。階段の南側と西側には壁一面に本棚を配置した。私たち人間にとっては階段状の書庫となり猫たちにとっては十分な大きさのベッドとなる。階段の構造は日本伝統の南京玉すだれからヒントを得たキャンチレバー構造で設計し、構造をそのまま現し仕上げとして空間にアクセントを加えている。また鎌倉特有の、非常に高湿度な環境に応答する設計としても極端なスキップフロアとして家全体を構成することは合理的である。GLから1mのレベルを基準床レベルに設定し、ベタ基礎と基準床の間を緩衝空間として外気を導入し、床暖房の温水パイプを敷設して、緩衝空間内で温湿度調整を行う計画とした。螺旋状の階段のそれぞれのコーナー部には、寝室・客室・アトリエ・キッチン・ダイニング・洗面所を計画し、私たちの施主が四季の移ろいに応じて気まぐれに居場所を選択できるよう意図した。本建築は、住まいであると同時にアトリエでもあるため必然的に来客が多く、不意の来客時に猫たちが身を隠せる小部屋としても各室は機能する。 外観は、山々の風景に馴染み、施工性が良く、かつ原則切妻屋根以外は認められない規制区域であることを考慮し、2つのL型ボリュームを異なる角度の片流れ屋根の形状で立ち上げて絡み合わせた。大谷石による擁壁が数多く見られる鎌倉の日常風景から着想を得て、地面がそのまま隆起して建物が現れるような映像的イメージを描き、風景の延長線上にあるような建築を目指して設計した。植栽は自生する植物と相性の良い銀葉種を主品種とし、約80品種の植物を織り交ぜることで敷地と一体的に感じられる工夫を行うなど、外形に加えて、植栽計画によって風景に馴染ませながら、同時にどこか寓話的・幻想的な印象を与えることを意図した。猫にとって、家は世界だと思う。猫たちの言葉と私たち人間の言葉、異なる言葉が混ざり合う建築を目指した。