武蔵新城のコワーキングスペース

「不均質の中にある豊かさ」 川崎市中原区武蔵新城にコワーキングスペースを計画した。 JR南武線武蔵新城駅の北側は、かつて、稲毛領の新しい庄として、二ヶ領用水から引き込まれた水により広く豊かな水田が広がっていた地域である。 現在の街並みは、飲食店が多く並ぶ商店街、賃貸の集合住宅、大型の分譲マンション等があるが、昔からこの地に住む地主が地域の特性や繋がりを守り、街の構造を保ってきたため、大きなチェーン店などの資本進出が少ない。 昼間人口は多い街で、今のようなリモートワークが盛んとなると、さらに街の活気が増しているように見える。ただ、都心のような仕事のしやすいカフェ等は少ない。 このコワーキングスペースが入る場所は、人通りの多い商店街の中ほどにある鉄骨造4階建ての店舗+共同住宅の2階のフロアである。今春まで地域に愛された中華料理屋とバーの2店舗が営業していたが、新しい業態への更新を行うこととなった。 私達は、さほど広くはないこの場所で、街とのつながりを感じながら、「はたらくことと暮らすこと」を豊かに、そのために、居心地の良い場所や距離感をつくりだすことを考えた。 居心地の良い場所や距離感を作り出すためには、多様性と重層性が必要になる。多様な構成を持つ、異なる要素が重なることで、その中に選択的な隙間が生まれ、それぞれの居場所が発見できると考えるからだ。また、居心地の良さの距離は、視覚的な要素が大いにある。明るさの濃淡、仕切る壁の高さと厚み、植栽の営み、街の気配の取り込みについて、複層的な重なりを検討した。 [明るさの濃淡] まず、注視したのは、光の環境である。 このフロアにある窓は、ほとんど全てが真西に向いており、自然光だけでは午前中は暗く、日中であっても建物自体の影によって、環境はさほど変わらない。一方で、オフィス空間によく見られる、照明によって均質に、部屋の隅々まで明るく照らされた空間は、仕事をする上では合理的で管理もしやすく都合が良いが、居心地がよいとは言えない。 私達は、不均質な明暗を作り出すことによって、居心地の良い距離を獲得できるコワーキングスペースとなることを目指した。作業面の照度は確保しつつ、それ以外の場所の暗さや明るさに濃淡をつけた。ソファラウンジの仄暗さ、視線の高さに感じるペンダントライトの光、植栽に落ちる太陽光のような眩しさ、この場所を利用する人は、明るさの濃淡のなかで場所を変えながら、自分の場所を見つけることができる。 [仕切る壁の高さと厚み] 既存建物は雑多な街の空気から、一段階上へ上がることで、静けさや落ち着きを取り戻せる場所であった。 平面は、中央に外部階段を含む吹き抜けのをもつことで、南北に大きく二分割される。床はモルタル打設時に着色した粉を散布して仕上げたもので、モルタルそのものの色ムラを拾いつつ、表情が豊かなものとなった。その床を仕切る壁は、様々な高さと厚みを持ち、素材にはモルタル系の左官材料を使用することで、床から壁が立ち上がったかのような表現を試みている。そのため、バックヤードの諸室以外は、天井まで仕切らず、視覚的には一体的に感じられるようにした。ほんの僅かな欄間が、隔てられた向こう側とこちら側の気配をつなぎ、視線が合いながらもヴォリュームのある壁によって心地よい距離を作り出した。 [植栽の営み] ワークスペースの中央には、切り取られた大きな庭をつくった。その上部には、大きな照明(「ビッグシェード」)を吊るす。明るく照らされた植物は輝き、存在感を増すことで、この街にはない異質感として際立たせた。植栽は、季節の移ろいとともに花をつけ、落葉し、新たな枝をつけるような、自然の生態系に近い野原をイメージしたものとした。そして、立ち入ることができない、アンコントローラブルな状況を作り出すことで、空間の不均質さはさらに進む。 [街の気配の取り込み] 2階のテナントが街とのつながりを持つためには、リテラルに開くことではなく、間接的な気配や様相のつながりを作り出すことが必要である。天井を軒天のレベルにあわせて設け、内外を連続的に見せる。その天井の仕上げを全艶の塗装とした。すると、街の気配が反射しながら室内に引き込まれ、2階にありながら、商店街の人の移ろいが感じられ、また室内の色がにじみ出る効果が生まれた。 [まとめ] 4年前に武蔵新城に事務所を構えてから、<小さなまちづくり>を続けてきた。この街は、飲食店や美容院、歯科医院など、生活に必要な要素でつくられた、暮らすための街である。 私達の活動は、マンションの一階に設けたカフェ(「新城テラス」)の内装設計から始まった。入居者交流を目的にしてつくられたカフェではあったが、様々なイベントの受け皿となり、現在では地域住人の憩いの場となっている。また、弊社事務所が入居する建物(「第六南荘」)では、道路との境界面を操作した。ブロック塀を解体し、バルコニーの手摺を撤去し、道路側からのアクセスへと変更を行った。その結果、並びにあった一階住戸が店舗へと入れ替わり、建物の一階および周辺全体が街に開かれる公園のような建物となった。この建物では、敷地境界にデッキやベンチ、カウンターを設けたことで、境界線に厚みができ、街の人にとって選択可能な拠り所となっている。 このように小さなまちづくりを面的に広げる中で、このコワーキングスペースのあり方が決まっていった。新城テラスとの連携により、コワーキングスペース内のシェアキッチンの設えは、あえてシンプルなものとし、不足となるドロップンインの客席は、新城テラスの裏にあるイベントスペースを使うようにした。 商店街の中で、異業種であるコワーキングスペースが備わり、認識されると、新しい反応がおきるだろう。リモートワークにより自宅に閉じこもっていたサラリーマンや、個人店で客席の机を使って事務作業をしていた店主が、街の中に現れ、コワーキングスペースを利用し、交わる。街の中でも多様性が生まれるきっかけとなると思う。

チーム

メンバー

クレジット

  • 設計
    ピークスタジオ 一級建築士事務所
  • 施工
    コーケン
  • 撮影
    高橋菜生

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