YULLAT

ビルディングタイプ
その他宿泊施設
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日本 愛媛県

DATA

CREDIT

  • 撮影
    辻 真悟(CHIASMA FACTORY)
  • 設計
    (株)CHIASMA FACTORY一級建築士事務所 / 黒瀬直也アトリエ一級建築士事務所
  • 担当者
    辻 真悟(CHIASMA FACTORY) / 黒瀬直也(黒瀬直也アトリエ)
  • 施工
    (株)大一合板商事

松山市内の港からフェリーで15分の距離にある興居島にあった築50年弱の木造民家を民泊施設に改修したプロジェクトである。 ベースとなった建物はいわゆる「古民家」といわれるような伝統工法による由緒正しい(?)木造ではなく、当時の大工が経験と勘によって建てた雑種的な架構による、ごく一般的な「古い民家」であった。計画当初は普通に石膏ボードの間仕切壁・天井で民泊としての機能と居住性を持たせようと考えていたが、部分的に存置する予定であった内装が解体工事中に急襲した豪雨によってほとんど再利用不可となったことで計画の根本的な見直しが必要となった。だが、途方に暮れつつ再検討のために訪れた現地で目にした骨組みだけになった廃屋の光景は、以外にも絶望ではなく新たなインスピレーションを与えてくれるものだった。雨水を吸ってグズグズになった天井板や間仕切の土壁、建具の和紙が崩れ落ちて軸組だけになった屋内空間に、瓦が崩れた隙間からチラチラと陽光が差し込む廃屋の光景は、伝統的な「古民家」の名人芸的な荘重さや繊細さとは全く違う(良い意味で)粗野で朴訥な魅力を放っているように感じられたのである。 設計の核となったコンセプトは、無名の地場大工の手によるこの「普通の古い民家」の木造フレームを最大限に保持し、従来の(天井が張られた状態では)目に触れることのなかった生々しく不思議な魅力をダイレクトに感じられるような空間をつくることである。構造要素(架構)と意匠適要素(内装)のヒエラルキーや機能空間の配列を意図的にぼやかして雑種化しつつ、最小限の追加要素を用いた慎重な介入によって、いったんはその役割を終えていたこの建物が元々持っていた空間的な力に新たな生命を与えることを指針として設計が進められた。 当時の民家としては標準的な、土間と田の字プランの四つ間からなる中心部分にトイレや風呂場がとりつくように構成された内部空間は、間仕切や建具、天井などがすっかり取り払われることによって住居としてのしがらみから解き放たれて清々しているように感じられた。私たちは、ほぼ架構と屋根だけになった屋内空間の全体性を保ちつつ、民泊施設として十分な機能性・快適性と視覚的なインパクトを持つような、諸々の機能が重なり合いながらゆるやかに接続されるような〈屋根のあるオープンスペース〉として再構成しくことにした。最終的には、拡張された土間を中心にした広い空間を核とし、それを取り巻くようにいくつかの機能的なゾーンを配置したことで、元の建物には無かった自然な視覚的流れと機能的なつながりを身体的なレベルで感じさせるような空間が生まれている。 玄関を開けたときに目にする内部空間のインパクトを最大化するため外観の意匠的な改修は最低限にとどめたが、民泊施設として必要な断熱性・気密性・耐震性といった性能面のアップグレードはもちろん抜かりなく行なった。塗装改修以外に外観の意匠適改変をほとんど行なわなかったことで、建物はのんびりとした島の風景の中に自然に溶け込んでいる。 クライアントは地場企業と連携しながらこの島で改修・土地活用事業を同時多発的に展開しており、それがきっかけの一つとなって現在では他の事業者も民泊開発に乗り出してきているようであるが、一般的な民泊施設とは明らかに異質な独自の魅力を放つこの施設はクライアントの地道な運営努力もあって開業以降安定した集客力を発揮していると聞く。デザイン面での設計意図と商業的な企画意図が相反せず、互いにポジティブな相互作用を生んだ幸せなプロジェクトだといえよう。当初の中途半端な改修意図を文字通り吹き飛ばしてくれたあの日の豪雨は、終わってみれば恵みの雨だったのだ。

物件所在地

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