PROJECT MEMBER
京都嵐山にある老舗旅館渡月亭の改装計画です。この計画では川沿いの眺めの良い部屋を改装しました。 この旅館では各部屋に周辺の土地や建物の名称を付け、そこに由来する意匠を取り入れています。老舗旅館ならではの伝統的な日本らしいしつらえを宿泊する方が堪能できるように、伝統を守りつつ、各部屋に個性を持たせています。今回改装した部屋は「清凉」という名前で、近くにある清凉寺をデザインモチーフにしています。清凉寺で行われる「嵯峨お松明式」という松明の行事は、京都三大火祭の一つです。これは春の恒例行事で、高さ約7メートルの三本の松明を燃やしてその燃え方によってその年の農作物の吉凶が占われます。 部屋を仕切る襖には三本松柄の京唐紙を使用しており、この文様は古くから伝わる伝統的な吉祥文様です。京唐紙は京都の伝統的な木版画で、幅約47cm、高さ約34cmの板に伝統的な文様を手彫りし、雲母と呼ばれる花崗岩の結晶と顔料を混ぜて塗布して文様が繰り返しつながるように摺ります。根がついている三本の松の文様が「嵯峨お松明式」の三本の松明の様子にも見えるため、日本らしい文様表現や文化の重なりを感じてもらえたらと思い、この伝統模様を選定しました。欄間は松皮菱という伝統的な文様を組み合わせたもので、松の表皮をはがした時の形に似せた幾何学的な文様です。洗面の壁は火祭りのイメージで焼きムラのある朱色のタイルにしました。 この部屋は旅館の最上階にあり屋上庭園に面しており、それを生かしてプライベートな茶室を設けました。宿泊客の方に特別な経験を提供したいという施主の思いを受け、茶室のある家を持つ亭主の気分を体験できるよう客室の一部として茶室空間を作りました。実際の茶室と同じように茶会の客を迎えるための、露地とつくばいと躙口を設けています。茶室とは本来俗世間から離れた非日常空間のため、露地はその導入の役目を果たす茶室専用の庭で、その意匠は歴史的には極力人工的になるのを避け、自然に山の趣を出すことを意図した設計が主流です。しかしこの計画では、露地が嵐山の山と川の雄大な自然の風景を独占しているような壮大な眺めの屋上という立地を活かして、客室内の小さな空間でありながら非日常空間へ向かう気持ちを演出しています。亭主が使う水屋や室内からの通路も設けており、茶会に招く側の空間も体験することができます。 床は畳や板材、壁は左官壁や和紙、天井は板材等、基本的に自然素材を使った設計とし、できる限り地元で古くから技術を受け継ぐ業者に施工を依頼しています。浴室には熟練の職人が製作した直径が1.7mある円形の檜風呂を設置し、渡月橋と桂川の景色を楽しむことができます。 この部屋に宿泊した方が、京都古来の空気感や素材感を肌で感じ、観光の記憶を体験としてより深く記憶に刻めるような空間を目指しました。