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日本の伝統美「白銀比」が導く循環する建築 「巡る間」は日本の美学と現代のサステナビリティが融合したプロトタイプである。神奈川県の海と山に囲まれた「谷戸」に建つこの住宅は、将来の道路拡幅によって解体される運命にあることから生まれた、建築における新たな循環の考え方を試みている。 白銀比:日本古来の美の原理に導かれた構造 「巡る間」の特徴は、日本の伝統的な美の比率「白銀比」(1:1.414)を基本グリッドに採用した空間構成である。西洋の黄金比(1:1.618)と異なり、白銀比は正方形の対角線を用いた比率で、日本建築の歴史において「大和比」とも呼ばれ、法隆寺五重塔や桂離宮など数多くの伝統建築に見られる。 この住宅では、白銀比に基づく寸法体系を採用し、空間と構造要素をこの比率で整えている。この比率選択には意味がある—白銀比は「勿体無い」という日本の精神性とも結びつき、丸太から無駄なく角材を取り出す際に自然と現れる比率でもあるのだ。 解体と再生を考慮した構造システム 「巡る間」の架構は、ホームセンターで入手可能な規格材(105角の柱、45×105の梁・間柱、45角の根太)だけを用い、プレカットせずにボルトとビスのみで接合する方法を選んだ。これにより、解体・移築・再構築がしやすくなり、部材を廃棄物にすることなく再利用できるようにしている。 白銀比に基づくこのシンプルなシステムは、複雑な加工を必要とせず、住まい手自身が修理や改修を行うこともできる「修理する権利」を大切にしている。構造と接合部がむき出しになった内部空間は、建物の構成が分かりやすく、それ自体が心地よい空間となっている。 谷戸の環境を読み解く:光と風の巡り 「巡る間」は、逗子の谷戸という特殊な地形がもたらす自然環境を取り込むよう心がけた。昼と夜で風向きが変わる海陸風を活かすため、屋根に3つのハイサイドライトを設けている。これらの高窓は、CFD解析やUDI解析などの環境シミュレーションを参考に位置と方向を決めている。 また、2階の床全体をスノコ状にしたことで生まれる空間のつながりも大切にしている。このスノコ床を通して光と風が1階にまで届き、建物全体で気流と光が巡る仕組みとなっている。この工夫により、小さな住宅でありながら開放的で豊かな空間体験を目指した。 住まい手が主役の環境デザイン 「巡る間」では、住まい手が季節ごとに家具配置を変えることで室内の微気候をコントロールできる「ファニチャースケープシステム」という考え方を取り入れている。PMV(予測平均温冷感申告)の感度解析を参考にしたこの考え方は、住まい手が「衣替え感覚」で空間の快適性を調整できることを大切にしている。 この家では、住まい手は単なる「居住者」ではなく、環境を共に創る「参加者」となる。光、風、温度といった環境要素と関わりながら生活することで、機械的な設備に頼りすぎない暮らしの可能性を探っている。 循環経済の美学:素材が巡る建築として 「巡る間」は、サーキュラーエコノミーの考え方を建築として形にすることを試みている。HEAT20 G2(断熱等級6)の環境性能を持ちながら、その構成要素は分解・再利用しやすいよう考慮している。これは、使い捨ての文化とは異なる、素材と技術が巡るという建築の可能性を考えるきっかけとなればと思う。 白銀比という日本の伝統美学を基盤としながら、環境分析の知見と解体再構成しやすい構造を組み合わせた「巡る間」を通して、これからの持続可能な建築のあり方を探っている。